台東簡易裁判所 昭和49年(ろ)191号 判決 1974年10月25日
被告人 米津知子
昭二三・一一・一九生 事務員
主文
被告人を拘留二五日に処する。
未決勾留日数中五日を右刑に算入する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は昭和四九年四月二〇日午前九時五分ころ、東京都台東区上野公園一三番九号東京国立博物館一階特五室モナ・リザ画展示場において、一般入場者の中から「身障者を差別するモナ・リザ展に反対する」旨絶叫しながら、前記東京国立博物館等が主催して展示中のモナ・リザ画に向けて所携の赤色スプレー塗料を噴出させ、もつて同博物館等の絵画展示の業務に対して悪戯などでこれを妨害したものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
被告人に係る判示の行為は軽犯罪法第一条第三一号に該当するので、同条に定める刑のうち拘留刑を選択し、刑法第一六条に定める拘留期間の範囲内において被告人を拘留二五日に処することとし、同法第二一条を適用して未決勾留日数のうち五日を右刑に算入することとする。訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文によりその全部を被告人に負担させることとする。なお刑の量定に当つては後記のとおり情状を考慮した。
弁護人は「本件は軽犯罪法第一条第三一号に該当しない」と主張するけれども、同条同号に云う「他人の業務に対して悪戯などでこれを妨害した」とは客観的に見て面白半分でするような行為またはこれに類するような行為で他人の業務に対して、その円滑な運営を妨げることを意味するものと解するを相当とすべく、行為者が如何なる意図で行動したかは問うところではない。従つて被告人の本件行為が前記証拠の示すように、東京国立博物館等の主催に係るモナ・リザ画展示中、同画に向けて赤色塗料を噴出させて、被告人の周囲に居た一〇名程度の者の観覧を二、三秒間妨害しひいては展示の業務の円滑な運営を妨げたものである以上、それが軽犯罪法第一条第三一号に該当することは明らかであるから、この点に関する弁護人の右主張は理由なきものと云わざるを得ない。
また弁護人は「被告人の本件行為は身体障害者差別に抗議する目的でなされたものであるから可罰的違法性はない」と主張しているが、この主張もまた採用することはできない。何となれば弁護人の主張するように、被告人の本件行為がたとえ正当な目的のためのものであつたとしても、行為そのものが犯罪を構成し実質的に法秩序を害している以上、犯罪の成否を左右するものではなく、情状の一つとして考慮されることがあるに過ぎず、要するに目的の正当性は違法性阻却の事由とはならないからである。
ところで弁護人は被告人の本件行為について力をこめて「被告人は日本における身体障害者に対する不当な差別を象徴する東京国立博物館の身体障害者しめ出しに抗議する目的で、本件行為を行なつたものであり、その目的において何人も非難することはできない」と強調し、また「我が国の身体障害者対策が欧米諸国に比べて不十分であるから、被告人がこれらのことに止むに止まれぬ気持から抗議したものである」という趣旨の主張をしている。当公判廷において取調べた証拠によれば、モナ・リザ展において付添いを要する人の入場を原則的に拒否している事実から見ると、これが直接に身体障害者を排除することを目的とするものではないにしても、結果的にはそのようなことになる可能性が濃厚であると考えられる。そこで本来身体障害者の差別扱いに憤激して居つた被告人がこれをもつて身体障害者しめ出しの措置であると一途に思いこみ、止むに止まれぬ気持から抗議しようとした真剣な心情については理解できないではない。このような事情は量刑上情状として考慮に価するものであるとも云えよう。
さりながら本件における被告人の行為なるものは、東京国立博物館において、世界的名画でフランスルーブル博物館に厳重に保管され門外不出とされているところのレオナルド・ダ・ヴインチ作モナ・リザ画をフランス政府の特別の好意により借り受けてこれを一般に展示中、(以上のことは公知の事実である)観覧客を装つて入場した被告人が隠し持つていたスプレー缶を名画に向けて差し出し、一・七メートルの距離から突如赤色塗料を噴出せしめて混乱を引き起したという軽犯罪としては極めて悪質なものであること、そのやり方がいわゆる目的のためには手段を択ばないという型のものであること、被告人に反省の色が見られないこと等を併せ考える必要がある。
よつて量刑に当つては以上の情状を総合的に考察し主文のとおり判決する。